29:「やってみたんですよ」
「今日は俺が独り言を言うので,返事をしないでください」
「してもいいけど」
「…飽きたら口を挟んでくれて構わないよ」
「えーと」
「少し前に」
「高校2年生の5月末,くらいだったと思う」
「雨の日だったかな」
「ここで、初めて人に会った時の事を思い出して」
「その時から相変わらず電気は付けていなかった」
「でも、ピアノを弾いていたらいきなり電気をつけられた」
「知らずに入ってきたのかと思ったけど、ピアノが聞こえない訳は無いし」
「面倒くさい人かなって少し覚悟したんだよね」
「手を止めて電気のスイッチのほうを見る」
「女の子だったな、かわいいというか」
「きれいというか」
「なんとなく浮世離れしたような」
「現実感が無いというか、そんな感じの子だった」
「そして変人だった」
「思い返したら日出後輩よりも変だったかもしれないな」
「ああいう子は、ああいうふうに生まれてくるんだろうなあ」
「と思った」
「電気を付けて、目が合ったときに言った第一声が」
「"海が好きそう"って」
「ものすごく良い笑顔で」
「唐突すぎて訳分かんなかったな」
「それで、"続き弾いてよ"って」
「パイプ椅子を出したのが見えて、また電気を消された」
「なんか印象的すぎてよく覚えてるよ」
「弾き終わったら拍手して、また電気を付けられて」
「そして海が好きかどうか聞いてくるから、好きでも嫌いでもないって答えた」
「ああ、それ」
「日出後輩の夢の話を聞いて思い出したんだけど」
「そうしたら、絶対好きだよ、そんな感じの音だもんって言う」
「海が好きそうな演奏って」
「唐突だよなあ」
「ちなみに海に関する曲を弾いていたわけでもない」
「そうしたら、"ぼくの曲弾いてよ、今度会ったらさ"って」
「そういえばぼく少女だったな」
「あの子自体が創作物みたいだったから違和感はなかったけど」
「"海の曲を作るよ、ぼくも好きだから"って」
「あんなに良い笑顔をする人は、あの子しかみたことないなあ」
「笑顔のお手本よりも笑顔してる笑顔だった」
「結局その子とはもう遭遇しなかったんだよね」
「それは残念」
「年上ではないように見えたし、日出後輩と同学年かもね」
「あれ以来校内ではなかなか見かけないけど」
「名前も知らないし」
「もしかしたら三年生だったのかもしれない」
「それはそれで面白いな」
「…」
「…とまあ」
「日出後輩の夢の話と、楽譜のことで思い出したんだよね」
「あと最近、楽譜を頼まれた」
「一応譜読みは終わってて」
「すごく好きな曲だと思うけど」
「いまいち納得がいかない」
「もうちょっと解す時間が欲しいなーとか」
「思ったりしている」
「から」
「日出後輩が辛抱強いことを祈りたいな」
「冬休みに入る前には納得行かせるよ」
「といっても」
「もう2週間もないのかな」
「センターが終わったら、毎日学校に来るかもよく分からないんだよなあ」
「世知辛いな」
「…」
「…まあ、もうちょっとだけ、待ってほしい」
「かもしれない」
「と思っている」
「なにがですか」
「うわー日出後輩。いたんですか。」
「いえいえー」
「独り言を言っていたんだ」
「さみしいですね。聞いてないですけど。」
「それはよかった」
「…」
「…」
「日出後輩」
「なんでしょう、浅野先輩」
「来週は大雪らしい」
「まじですか」
「まじらしい」
「いやですねー、早くないですか」
「うーん。大変になるなあ」
「いいじゃないですか、雪好きですよー」
「どっちだ」
「好きです!」
「そっか」
「友達が顔面から雪に倒れたの見た事あるんですけど」
「うわあ」
「やってみたんですよ」
「うん」
「痛かったです」
「今の雪は痛いだろ…」
「がりがりですからね…」
「がりがり…」