2013/06/22

29.5:鮮やかな嘘つきの話[2]


あの2人にはよく否定も批判もされていたし私はそれを嬉しいと思っていたけれど、
基本的な所で言えば私は人から否定されるのが怖かった。
だから「空気を読む」だとかいうつまらない芸ばかり覚えて、
優等生でしっかり者の 鳴坂菖蒲 を演じている節があったと思う。

だから私には随分昔から私が無い。

周りが望むような事を周りが望むようにやってきただけだから。
その結果作り上げられてしまった偶像が,私に後戻りを許さなかっただけだ。

だからあの子達に会った時、私はひどく驚いた。


1年生の春だった。美しき気違い、雨でもない室内で黒い傘を持ち歩く奇人は、

春の自己紹介で教壇に立ち、何かの芸術品のような美しい微笑みで、
よく通る澄んだ声で、歌うように言い放った。

「せちがらい社交界のみなさん!」


「ごきげんうるわしゅう!」


「ぼくはですね」


「あなたがたがきらいです」


「きらいなところが好き!」


「だからよろしくお願いします」


あの時の凍り付いた教室を、私は今でも覚えている。

そして、斜め前の席に座っていた彼女だけが、
静かにクラス名簿をぺらりと裏返したことも。

その時から、あの子の隣には普通に普通な半透明の彼女が居た。

全く突出しないように振る舞う彼女は目立ちこそしないものの、
注意して聞いていると美しき気違いにまともな反応を返していた。
ただ振り回されているわけではないようだとわかる程度には。


彼女達と仲良くなりたいと思った。

私の被った化けの皮は、自分ではとても剥がせないくらいに癒着してしまったから。
たとえそれが自分を損なう事であっても、それを全て剥いでほしかったのかもしれない。


結果、私はあの子達と行動を共にすることになる。

今思えば彼女達とは一年も過ごしていない。
今までのどんな時間よりも、そしてこの先のどんな時間よりも恐らく有意義で大切で、大切だったであろうあの時間を、私は、どうして失ってしまったのだろう。


あの子がおかしいのはいつだって分かっていたし、私が彼女が望まない事をやっているという事も分かっていた。その結果どうなるのかまでは予想は出来なかったけれど。

それはあの子が『気違い』だったからだ。



背中と肩はまだ痛む。

三月の夕方だった。
まだ地面は雪に覆われていて,空気は重く湿っていた。

暗く薄青かったあの雪の痛さを、

あの子の空っぽに楽しそうな声を、
振り返った彼女のあの表情を、

私はきっと忘れる事はできないのだろう。