3.5:Nearby
わたしに、傘を持ち歩く勇気はありませんでした
せっかく世間の目がわたしから逸れたのに
それをまた集めてしまいそうで
そんなどうでもいいようなことが怖かったのです
つまりわたしは、どう頑張ってもきちがいにはなれません
なれそうも、ありません
あの子の模倣をしようとするたび、それを自覚させられました
そしてもうひとつ問題があります
わたしが空気に戻ってしまったことで
鮮やかな嘘吐きであることも不可能になってしまいました
わたしは、度が合わないめがねを外し
雨粒をセーターの袖で拭って、浅いポケットに突っ込みました
ガードレールのあちら側、手を伸ばせば届くような場所
震えるくらい近い所を、猛スピードで鉄のかたまりが、
自動車の群れが通り過ぎていきます
悪くなった視力で見るヘッドライトの光が、
放射状にぼやけて流れこんできます
この車の、一つ一つの中に、少なくとも一人の人間が座って。
ある人は音楽を聴きながら。
ある人は隣の人に話しかけながら。
ある人はコーヒーを飲みながら。
一つ一つ、意志を持って運転しているという事実を思って、
気が遠くなるような感覚を覚えました
そして、その誰もがきっとわたし達の事なんて微塵も知らないのです
忘れるものか、と思います
その苛立ちは半ば八つ当たりに近いものでしたが
わたしは半年前から、そうして生きてきました
半年前のあの日のことを、わたしは今でも吐きそうなくらい鮮明に
…吐きそうなくらい鮮明に、覚えています。